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巡って、還る







深い深い夜の底。
ひんやりとした、痛いくらいに冷えた空気の中。見上げた先の遠いきらめきは、小さくとも確かに瞬いていた。
散りばめられたような、それ。


なんとも言えない既視感に、無意識に大きく息を吐く。
白く、あっという間に消えていく息。
……きっと幼い頃に似たような情景を見たことがあった。
大きな手のひらに手を繋がれて、今よりもずっと首の角度をつけて。飽きもせずに、瞬きが思い出したように落ちて流れるのを待っていた。
その時の瞬きに似ている。あたたかい――、それでも遠い記憶だ。
ふと何故か、今視界に浮かんでいる全てが必要以上に尊いもののように思えた。
そして何故か、今すぐあの人に会いたくなった。
今すぐ会って、抱きしめたい。


(――今日は、寒いし)


仕事も終わるのが遅くなった。
今の時間であれば、彼は暖房のついた部屋で、さらに言えば居間のソファで、お気に入りのマグカップの中身を覚ましながらこれもまたお気に入りのブランケットに肩から足の先までくるまっている。
自分はこんなに寒いのに羨ましいことだ。
自分だって早く彼であたたまりたい。
逸る気持ちを抑えつつも、家に帰る足は、自然と速いものになった。




































目を閉じて、深い深い夜の底。
不毛ではないか、と思うときがある。
この命と、目の前の腕に抱かれるあたたかさを。
それはとてつもない絶望を伴っていた。


それでも、まるで自分が望んでいたそのもののように、いつか、いつかのあのとき与えてくれたから。
ただ上を見上げて、指をさした先、見つめたものは安らかだったから。
今は、ゆっくりと休んでいるのかもしれないと思った。
















































は、と目を覚ます。
急に意識は浮上する。
暗い視界の中、目をこらすと数時間前に抱かれた腕があった。
しばらくの間、身じろぎもせずに固まっていると緊張感が伝わったのかもしれない。目の前の閉じられていた瞼が動いて、見慣れた色が覗く。


「……どうかしましたか?」


茫然としていたこちらの様子を訝しんで、潜めた気遣う声が降ってきた。






「……夢を見ていたんだ」
「怖い夢でも見たんですか?」
「いや、……たぶん誰かに会いたくて速く家に帰る夢だった。…うん…でも違うな、わしは誰かの帰りを待っていたんだ。今日みたいに、すごく寒くて……」
「寒くて?」
「……ああ。……おぬしだったのかもしれない」
「え?」
「会いたかった相手」


そうか、と唐突に腑に落ちると緊張していた体から力が抜けた。
あれはきっと、彼だった。
自分に会いたいと、帰ってきてくれた彼がいた。


好きな首筋に頬を寄せると、匂いを吸い込む。
それだけでするするとほどけていくわだかまりがある。
不毛ではないのだ、きっと。
不毛ではない。
今のいのちの間にまた会うことができた意味がきっとある。






「おやすみ」
それだけを言って身を任せる。
翳りのない声に安心したのか、それ以上は何も言われずに少し強めに抱きしめられて頭を一撫でされて。
「……おやすみなさい、いい夢を」
額に熱が触れた。






――いい夢だったよ。
あいされていた夢だ。






言葉を告げる前に、意識はゆるやかに溶けた。





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